一人称の話です☆(実際は二人称の話かもしれない)

どうも、キャハッ☆ラブリー来年で27歳の僕ことchronosomniaです。ふふーん。

今日は一人称の話をしたいと思います。一人称の話をするボクは可愛いですね。

 

さて本題ですけど、日本語には一人称がやたらいっぱいありますよね。

一般に用いられるもので、四種類か五種類くらいあると思います。

ほとんどフィクションでしか聞かないものも含めると、実際はもっとたくさんあります。

今回、どういう観点で一人称の話をしたいかというと、社会においてコミュニケーションの得手不得手に大きく関わってくるのでは、という推察についてです。

加えて二人称のことについても述べたいと思います。

 

我々が住む日本という国では、用いられる一人称によってその人の印象や心証が変わったりします。これは誰もが思うことではないでしょうか。

例えば、堅苦しいビジネスの世界でラフな一人称ないしは二人称を用いることは一般に憚られるでしょう。正直よく知らないのでイメージですけど。僕そういう常識に疎いですし弊社とか御社とか貴社とかよくわからないですしおすし。

しかしながらそういったフォーマルな場でなくとも、一人称の使い方次第で思い描かれる人物像は変わってくると思います。それはもちろん、受け手の感性によっても大きく左右されるでしょう。

 

ここからは僕個人の話なんですが、自分は一人称と二人称の使い方が下手くそでした。

昔からそうで、英語が羨ましいとしばしば思ったりします。

小学生の頃、家では「僕」という一人称を使っていたのですが、学校では「俺」という一人称を用いていました。

一度間違えて学校で「僕」と言ってしまった時、それを指摘されたのが恥ずかしかったような記憶があります。小さな苦い思い出です。

加えて、その時分の僕は二人称の使い方にひどく気を揉んでいました。

日本では呼びかけ以外でも二人称として、相手の名前を使うことが多いです。

「あなた」はどこか冷たい感じや、上からの印象が、「きみ」は気取ってるような、そしてこれもどこか上からな感じがしてちょうどいい二人称というのが日本語にはないからなのか、相手の名前をそのまま二人称に用いることが多い気がします。

僕はそれが苦手で、小さな頃から二人称を極力省略する癖がついていました。

幸か不幸か、日本語は省略しても意味が通じることの多い言語なので、それに甘えて伝わる範疇で二人称を省略しました。

何が苦手かと言うと、呼び捨てにすべきか、「さん」を付けるべきか、「くん」を付けるべきか、「ちゃん」を付けるべきか、内向的で発達障害気味な僕*1にはとてつもない難題だったのです。

加えて人の名前を覚えるのが苦手な自分にとって、小さなコミュニティならともかく、少し広くなった社会の中ではそれが大変な気苦労になるのでした。

未だに克服できておりません。僕には塩梅というものがよくわからないのです。

 

そんなこんなでアラサーになってしまった僕でもなぜか生きてます日本って素晴らしい!

 

おわり☆

*1:あるいはこれは言い訳でしか無いのかもしれませんが